「青くて痛くて脆い」感想、人はすれ違い利用し合って生きる

吉沢亮さん、杉咲花さん主演の映画、「青くて痛くて脆い」。

9月3日の木曜日、朝ベッドから起き上がったら、なぜか急に人間関係のドラマを描いた映画を観たくなって…

近くの映画の上映予定を確認したところ、「青くて痛くて脆い」という映画が目にとまりました。

上映時間は、今から約2時間後、近くの映画館までは約40分で行けるので、今からでも支度して行けば十分に間に合う時間です。

「青くて痛くて脆い」がどのような映画なのか全く知りませんでしたが、せっかくなので、この映画を観に行くことに。

そこにはちょうど、私にも身に覚えがある人間関係が描かれていました。

この映画の中で描かれていた人間関係は、現実的に私達の周りでもよく起こりうることではないかなと思います。

特に、主人公の田端(たばた)という人物像から得られる教訓は、ほとんどの人に通じるものです。

そこで今回は、主人公である田端の視点を中心に、私達が人と接する上で気をつけるべきことについてお伝えします。

  • この感想は、あくまで私が感じたことであり、ここでお伝えする解釈が全て正しいというものではありません。
  • 原作は読んでおらず、映画の情報も知らないまま観ていますので、あくまで映画の個人的な感想となります。
  • ネタバレを含んでいますことをご理解ください。
目次

登場人物など

登場人物など

ネタバレになりますので、アコーディオンで内容を隠しています。

気になる情報については、その部分をタップして御覧ください。

なお、注意事項にも記載しましたが、これらの解釈が全て正しいものではないことをご了承ください。

主な登場人物

その他

誰しもが変化することに抵抗を感じる

誰しもが変化することに抵抗を感じる

歪んだ世界観

私達は皆、人それぞれ考え方や感じ方が違いますよね。

つまり、みんな色々な観念を持って生きているということです。

そしてそれが、固定観念となり、偏見が生まれ、人と衝突する原因となります。

青くて痛くて脆いの登場人物たちも、例外なく固定観念を持っています。

  • 田端は「この世界」という歪んだ世界観を持ち続けたために復讐し、
  • 秋好は世界を変えるために色々な手段を選ぶのは当然と思い、
  • テンは就職に有利なことなら情報を流しても構わないと行動して問題になり、
  • 瑞希の担任の先生は勉強できないやつは役立たずになると瑞希に自分の考えを押し付けようとする

これらはみな、一人ひとりの観念が違うからこそ起きる衝突なんです。

「変わりたくない」=人間らしさ

田端は、自分が変わることを拒み、周りの人達が変わっていくことを恐れて否定していました。

でもこれは、とっても人間らしいことで、田端を非難することはできません。

私達の脳は燃費が悪く、なるべく何もしたくない、変わりたくない、考えたくないという怠け者の性質を本能的に持っているからです。

じゃあ、その本能のままに何もしなくてもいいかというと、それは違いますよね。

本能に打ち勝って、自分を変えていかなければ現状を変えられることはできませんし、秋好が言うように世界を変えることもできません。

一歩でもいいし、半歩でもいいので、自分を変える努力をすることが大切です。

「外野」の人間にならないために

ここでいう外野とは何かというと、例えばボクシングの試合で、リング外から野次を飛ばすような人たちのことです。

リングに上がっていないので、「自分だったらここでパンチ打つのに」などと、いくらでも空論を言えますよね。

でも、実際にリングに上がったらどうでしょうか?

プロボクサーが相手なら、おそらく1秒も立っていられないでしょう。

それこそ、「あれだけ偉そうに野次を飛ばしていたのに、全然ダメじゃん」と非難を浴びることになります。

映画の中で、川原は、モアイに加入するかどうか悩んでいましたが、

「何も知らないのに、文句や野次だけ飛ばして行動しない外野の人たちのように、ダサい人間はなりなくない」

という思いから、モアイに加入する決断をしました。

一方田端は、自分を変えようとせず、変わっていく周りの人たちを批判し、外野の人間となってしまいます。

先ほども書きましたが、誰でも変化することに恐怖を感じますし、できればそのままでいたいと本能的に思うものなんです。

でも、それではいつまで経っても、現状を変えられないですよね。

なので、変わろうとしている周りの人たちを否定したり排除したりしようとせず、昨日の自分よりも一歩でも半歩でも、ほんの少しでもいいから、自分を変えるための行動を少しずつ取ることが大切です。

妬みから怒りが生まれ復讐へ

妬みから怒りが生まれ復讐へ

嫉妬や妬みから怒りが生まれる

私たちは、侮辱を感じると怒りの感情が発生します。

そして、この時にどう対処するかで、その後の人間関係が決定づけられるんです。

田端は、秋好と脇坂が付き合い始めたことを知った時、おそらく嫉妬や後悔(自分が秋好に対して行動を取らなかった後悔)が生まれたはずです。

「結局秋好は、自分を利用しただけなんだ。」

という、事実に反した曲がった意見を持ち、侮辱を感じる原因となってしまいました。

脇坂に対しては、「モアイを乗っ取りやがって」という逆恨みを抱いていたかもしれません。

自分を変えようとせずに周りを受け入れなかった自分(田端)が悪いのに、それを相手のせいにしてしまうので、嫉妬や妬み、恨み、侮辱といった負の感情が発生します。

そしてそれが溜まると、怒りに変わって復讐したくなるんです。

なぜ怒りが発生するのか…、たいていの場合、「何かを変化させたい」という思いが根底にあるからです。

田端の場合も、例外なくそうでしょう。

本当は自分を変えたかったのに変えようとしなかった、そしてそれを人のせいにしてしまった。

私たちは、田端のようにならないよう、怒りが発生した場合は、何を変えたいと思っているのか分析し、理解することが大切です。

お前なんかに出会うんじゃなかった

これは、映画の終盤に、田端が秋好に向かって吐いた言葉です。

でもこれ、一番言っちゃいけない言葉ですよね。

そんなこと言うんだったら、秋好だって

「田端なんかに声をかけるんじゃなかった。信用して声かけたのに…。」

と後悔してしまいます。

(映画ではそこまでのことは話していませんでしたが。)

お金を騙し取られたとか、罠にかけられたとかならわかりますが、今回の場合、ほとんど田端の責任です。

それを人のせいにして、相手を傷つけるような暴言を吐くのはよくない。

田端も秋好も学生なので、若気の至りですけど…。

抱いている怒りをそのまま相手にぶつけてしまうと、悪い結果が100%起きてしまいます。

ですので、怒りの原因を分析して、それを何か挑戦するためのエネルギー源に変えることが大切です。

復讐した後に残るのは後悔と無気力

復讐した後に残るのは後悔だけ

田端は、モアイを潰す復讐をして、見事それを達成しました。

しかし、その後に残ったのは、後悔と無気力だけ。

怒りをそのまま相手にぶつけて発散させると、無気力状態となります。

このことを、「レジグネーション」といいます。

田端は、見事それにハマりましたね。

このレジグネーションをなくすためには、怒りの矛先を向けた相手との和解が必要です。

田端もそのことに気づき、秋好に謝ろうとしたところで映画は終了となりました。

まぁでも、あれだけひどいことをしたので、1回謝っただけで許してもらえることはないでしょうね。

徐々に和解していくことが望まれます。

利用し合って生きる、それでもいいんじゃない?

利用し合って生きる、それでもいいんじゃない?

「利用し合って生きる、それでもいいんじゃない?だってその時は必要とされていたんだから。

脇坂が、レジグネーション状態になっている田端へかけた言葉です。

脇坂って意外と暖かい人だなと、この時に感じました。

「結局自分は秋好に利用されただけなんだと思って、それで悔しくて炎上させた。」

ということを、田端が脇坂に自白した時、脇坂は「最低だね。」と言いつつも、そのようなセリフを言って田端を非難せずに受け入れました。

ここでもし、脇坂が怒って田端を傷つけたら、田端は居場所がなくなり、人生を棒に振るところだったでしょう。

田端は、恋敵である脇坂に救われる結果となりました。

さてさて、利用し合って生きていることに、なんだか実感湧きませんか。

私は結構、思い当たる節があるなと思いまして。

もちろん、故意に利用してやろうと思って接することは全くありませんが、結果的に利用した感じになってしまったなと、申し訳なく思うことがあります。

そしてそれが、後悔というキズ跡として、心の中に残ってしまう。

でも、脇坂の言葉を聞いて、

「あぁ、そっか、その時は必要としていたから、そこまで気にする必要はないか。」

と、少し心が軽くなりました。

まぁ、私の場合、体質的に相手を利用するよりも、相手から利用される(と感じる)ことの方が圧倒的に多いんですけどね。

あまり「一期一会」という言葉は好きではないんですが、たまには一期一会として考えるのもありかなと思いました。

所感・教訓まとめ

「青くて痛くて脆い」を観ている時、感動しながら観ていたかというとそうではなく、正直イライラしながら観ていました。

それはなぜか…。

もちろん、映画の内容や俳優さんが悪いということは全くありません。

イライラの原因は、田端の人物像にあります。

私と性格がだだかぶりしていたんですよ。

私の嫌な一面をこれでもかというほどに見せられていた感じがして。

田端と同じ境遇になったら、私も同じことをやりかねないなと。

似ていないのは、田端(俳優の吉沢亮さん)がイケメンだというところぐらいです。

田端の根暗な性格とか、闇を抱えているところとか、地味な服装とか、なかなか行動を起こそうとしないところとか、もろ自分じゃんと思って観ていました。

本当は自分が悪いのに相手のせいにして、ひどいことを言ってレジグネーションになることって結構ありますからね。

ポジティブに捉えると、自分自身を客観的に観られたのでよかったですけど。

人間関係を描いた映画を観る時は、得られる教訓は何なのかとか、自分だったらどんな発言・行動を取るだろうかとか、ある程度分析しながら観ると、共感力が高まるのでいいですよね。

今回は、映画評ということで、物語の断片的なところをお伝えしつつ、映画から得られた教訓についてお話ししました。

そのため、この映画をまだ観ていない場合は、何のことを話しているのか、イメージしづらかったかもしれません。

もしあなたがまだ、「青くて痛くて脆い」を観ていないのであれば、是非一度、劇場に足を運んで、大画面&高音質の中で、「青春の闇」を体験してみてはいかがでしょうか。

「青くて痛くて脆い」感想、人はすれ違い利用し合って生きる まとめ

登場人物など

  • 田端 楓:物語の主人公。内向的。“なりたい自分”とは逆に、人のせいにして復讐し、後悔してしまう。
  • 秋好寿乃:外向的。「なりたい自分になって世界を変える」ためにモアイを創設。周囲からは浮かれた存在。
  • 脇坂:外向的。モアイを助力して大きくするが、そのことで田端から秋好とモアイを奪ってしまう。
  • 前川董介:おそらく内向的。田端の友人。田端に協力しつつも、田端の行為をやりすぎではないかと懸念する。
  • 本田朝美:通称ポン。外向的。董介のゼミの後輩。寝たフリがうまく、田端と前川の話を盗み聞きする。
  • 天野巧:通称テン。外向的。モアイのNo.2で、事実上モアイを動かしている人物。モアイを解散させる根本的な原因を作ってしまう。
  • 川原理沙:内向的。田端のバイト先の後輩。自分の欠点と葛藤しつつも変えようとして前へ進んでいく。新しい「moai」を創ったうちの一人。
  • 西山瑞希:おそらく外向的。不登校の中学生で、福祉施設で出会った田端と秋好を慕っている。
  • モアイ:田端と秋好が創った秘密結社という名のサークル。2人だけの待ち合わせ場所から、企業への就職が有利になる場所へと変わっていった。
  • この世界:田端の心の中だけに存在する、モアイで秋好と2人だけで活動していた楽しかった思い出。

誰しもが変化することに抵抗を感じる

  • 私たちは皆、色眼鏡をかけてそれぞれの固定観念の中で生きている
  • 「変わりたくない」=人間らしさであり、本能的に備わっているもの
  • 外野にならないために、少しでもいいので自分を変えようとする

妬みから怒りが生まれ復讐へ

  • 嫉妬や妬みから怒りが生まれる
  • 「お前なんかに出会うんじゃなかった」は言ってはいけない
  • もし言ってしまうと、相手からも同じように思われ、溝ができる

復讐した後に残るのは後悔と無気力

  • レジグネーション状態になる

人は利用し合って生きている

  • その時は必要とされていたから気にしなくてもいい
  • 時には一期一会で考えることも大事
参考文献

未来カウンセラー/小島正輝/パレード/2020.3.23

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